父をおくる
2012/7/16 晶子 さん
雷鳴がとどろく雨の夜、父は七十四で逝った。ロイケミア(白血病)だった。
病をえて二年あまり、五回の再燃(再発)を治療し、先月の二十日にいよいよターミナル期の入院となっておよそ二週間後だった。長年テニスで鍛えた体力は人並み以上だったこともあり、治療のたびに幾度となく生命の危機はあったものの、病気に対しては驚くほど楽観的だった。
そんな父も、今回の入院は途中から覚悟を決めたようだった。
「いけね、まだ遺言状を清書してなかった」
亡くなる一週間ほど前になると体のあちこちの機能が失われ始め、緩和治療を受けていてもかなり辛い状態になり、しきりと早くお迎えが来て欲しいと言うようになった。
いつまでこの苦しみが続くのか、そして自分のせいで周りの人たちに迷惑をかけている、という精神的な苦痛は肉体の痛み以上ではなかったかと思う。家族は、命と引き換えにでも痛みをとってやって欲しいと医師に頼んだ。最期の日は、増量されたモルヒネでほとんど傾眠していたようだった。
仕事がえり、亡くなる数時間前に私が見舞ったときには、既に口がきける状態ではなかったが起きていて、またね、と手を振るとゆらゆらと手を振り返してくれた。
それが生きている父を見た最後だった。不肖の子どもだった私は、入院の少し前、父に手紙を書いて渡していた。
遠からず訪れるであろうその日に、意識のない体にすがって「ありがとね」と届かぬ声をしぼるのはイヤだったから、勝手都合で早々とお別れをしたためたのだった。手紙を渡したときには言わずもがなのことを言ったかなと少し後悔したが、父は喜んでくれた。人が死んでしまうと、その人に二度と会えなくなる。物理的にはそれ以上でもそれ以下でもない。
父は亡くなる三日前まで細かにメモをつけていた。自身の人生が幸せだったこと、やりたいことはたいていできたと書かれてあった。
肉親の死は穏やかな示唆に満ちている。
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