私の苦手なこと
2013/6/6 人と美しく和す さん
昭和元年に生まれ、激動の時代を生き抜いてきた八十六歳の逞しい女性がいる。長野の没落地主の末子に生まれ、女学校時代は大東亜共栄圏実現を夢見て、大陸農法を学ぼうと志願して満州に渡り、敗戦の大混乱のさなかに生涯の伴侶と巡り会った。
辛酸を嘗めながら引き揚げ、やっと結婚したものの家はなく、最初は別居して夫の実家で女中扱いされ悔し涙にくれることもあったが、独身寮に押しかけて新婚生活を勝ち取る。
先年亡くなった最愛の夫によく尽し、子供の大病のため夫は一時単身赴任を余儀なくされたが、二人の子供を厳しく叱りながら育て上げ、極貧にも負けず、爪に火を灯すように家計を遣り繰りしてマイホームを構え、セカンドハウスも得た。
『我が家の家計簿』という文章を書いて賞を受け、自分史や戦死した愛犬の話などを出版し、市から請われて小学生に戦争体験を語っている。
うーん、なかなかエラい婆さんだなあと思うのだが、私にとっては独善的で、口うるさくて、オセッカイな母親なのだ。
そんな母から逃れるため地方の大学に行き、結婚しても同居せず年に五~六回顔を見せるだけ。
実家のある埼玉が嫌いだから妻の実家の神奈川に住んでいて、たまに会えば「戦争体験ねえ。まだ左翼小児病のお先棒を担いでいるの?」などとからかい、「お前は思いやりがない」と言われれば、「アンタが育てたんだろう」と毒づく。母も私も、アクが強くて口が悪く、思ったことを勝手に実行してしまうという、ちょっと困った性格なのだ。
同極の磁石が反発し合うように、似た者を見ると何故か癪に障り、いつも喧嘩になってしまう。穏和な父には優しい言葉がかけられたのだが・・・・・・。私の苦手なことは、老いてもなお宿敵の母に、優しい言葉をかけてやることである。
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