微笑みがえし
2014/4/4 やさしい悪魔 さん初出社の日はブルーだった。
働かなくちゃならないのか、イヤだなあ。どこに赴任するんだろう、東京だったら地方に残してきた彼女と会えなくなるな。
丸ノ内の本社で入社式があるので、池袋に出て丸ノ内線に乗った。満員電車が嫌いだから、わざわざ地方の大学に行ったのに、また混んだ電車か。
研修用の着替えなどを詰め込んだ重いバッグを網棚に乗せ、ため息をつきながらつり革につかまって、電車に揺られていた。
着慣れない背広、不安定な気持ち・・・新人オーラが全開だったのだろう。
すると、新人オーラを見透かすように、隣に立っていた元気そうなオジサンが明るく話しかけてきた。
「君は新入社員かね。」
鬱陶しい社会人の初日なのに、なんでこんなオヤジに話しかけられるのか。
「ええ、まあ」、オジサンの方に少し首を回し曖昧に答える。
「私の息子は今日○○銀行に入ったんだ。」
ずいぶん嬉しそうな口調だ。
俺はもっと大きな銀行に入ったけれど、全然嬉しくないよ。
「そうですか。」
木で鼻をくくったとしか言いようがない私の態度に呆れたのか、それ以上オジサンは話しかけてこなかった。
もう、36年も前の話。キャンディーズが解散したころだ。
それから何年かして結婚し、二人の男子を育てた。
長男は順調だったが次男は就活に苦戦して、なかなか決まらなかった。
そして、やっとある会社に決まった時、私は素直に嬉しかった。
肩の荷が下りた気分を、生まれて初めて味わうことができた。
次男の初出社の日もホッとするのと同時に、開放感に包まれるような嬉しさを感じた。
36年前の私には、残念ながらわからなかったが、今ならあのオジサンの気持ちが本当によくわかる。
あのオジサンは、とてもとても、踊るように嬉しかったのだ。
微笑みを返してあげればよかった。
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