午前六時の変身
2011/7/31 ドンキホーテ さん毎朝、卵ウドンを食べて変身する。
午前三時。静まり返った台所で珈琲を飲み、煙草を吸う。仕事部屋に入り、拙い小説を書く。間違って賞でも取らない限り、家族や友人を含めて五人くらいにしか読んでもらえないのに、アベベ選手(古いですね)のように黙々と書く。
作家は年齢制限がないし、元手も要らぬ。定年にもならぬのに会社を辞めてちょうど一年。五十近い私にはこれしかない! と思うのだが、作家志望などゴマンと居る訳で、世の中そんなに甘くない。新人賞の競争率は千倍以上だから、何カ月もかけた作品を送っても、下読み(一次選考担当の若手評論家など)が二十分くらいで速読し、駄目だったら、そのまま捨てられてしまうのである。
まあいいや。できる限りやってみよう。椅子に座ったまま猫のように伸びをして時計を見る。五時半だ。今日は、惰弱な主人公が腐れ縁の女に押しかけられる場面を書いた。三枚進んだから上出来だな。これで自称作家の時間はおしまい。雨戸を開けて仄かに湿った朝の空気をゆっくりと吸い込み、淡い灰色が漂う台所で電気をつける。
変身用の定番メニュー。汁に玉ウドンを入れ、沸騰したら卵をさっと流し込む。きざみ葱を散らし、ホウレン草と海苔を付け合わせ、七味をかけて出来上がり。食堂にひとりで座り、まずは具の香りを楽しむ。小鳥の囀りに耳を傾け、西の窓の向こうで黄金色に照り映える木々を眺め、やおら湯気と共にすすり上げる。・・・・・・美味なり。
煙草に火をつけ、深呼吸をひとつ。私はシニア・デイ・トレーダーだ。行方定まらぬ紫煙を眺めていると、家族が起きる音が二階から聞こえてきた。さあ、マーケットとの戦いだ。目を瞑って作戦を練る。何のために? ドン・キホーテみたいな夢を追い続けるためである。
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