生涯をかけて愛した人

生涯をかけて愛した人 2011/11/28　仁美　さん

シニア｜不倫一人電車に乗って通い詰めた街の駅には、妻子ある男性がいつも待っていてくれました。
電車から降りると男性が小さく手を振ってホームの中の階段脇に立っているのです。私達はそこから空港に行き、違う街に小さな旅に出掛けるのです。行き先は空港に着いてから決めるのが二人の決まり事。時計の針に意地悪をされているのかと思うほど、時間は嘘の様に、そして夢の様に過ぎていきました。一瞬でも離れないように指を絡ませて、見知らぬ街を歩くだけで幸せでした。

私は、結婚を望む事はただの一度も有りませんでしたが、もう少しだけ二人に時間が有ればと思って暮らしておりました。会える日を待つ日々は寂しさよりも待ち遠しさで狂おしく、恨めしく過ぎていくのです。熱い夜を想い出しては顔を赤らめ、ふと男性のシルエットを思い浮かべては一瞬仕事の手が止まる、そんな日々が永く続いておりました。私は、誰とも結婚する事も無いまま生涯を男性に捧げようと思っていましたが、両親に勧められた方と強引に結婚させられました。夫婦となっても心が奪われる事はなく、子供を授かる事がない様に夫となった方に秘密で避妊の手術を受けました。

私は結婚して不自由な身にはなりましたが、それでも何かと理由を付けて年に二度男性と会い続けました。夫は私に愛がないのを知っていたので愛人を作っているようでしたが、夜の生活を求められなくなったので、私には幸いな事でした。他には何の不満も無いほど優しい人で、こんな私を不憫にすら思っていたようです。けれど、離婚の事は一度もお互いの口から出る事はありませんでした。古い人間ですので、事を荒げずとも良い、形が夫婦であれば世間体的にも丸く収まると云う考えを持っている人でしたので、私もそれに従いました。結局離婚をしないままでおりましたが、夫が亡くなりましたので旧姓に戻らせて頂きました。お墓にだけは一緒に入れないと思ったからなのです。

私が愛した男性は私よりも十八歳年上でした。奥様とはお見合いで結婚され、お子様がお二人おりました。私は不思議と男性のご家族が好きでした。奥様がいらっしゃるので、日々の食事や身の回りの事を心配する事もありませんでしたし、お子様の写真を見せて貰い、男性に良く似たお坊ちゃまがすくすくと成長する姿が嬉しくて堪らないほどでした。奥様が男性を大切にしてくれている事は、会った時に身につけている物で解りました。きちんとアイロンがけされたワイシャツやハンカチ、趣味の良い靴下や手入れの行った靴等の隅々に亘って感じ取る事が出来るのです。感謝こそすれ嫉妬心は湧く事が有りませんでした。

数ヶ月前、奥様にお目にかかる事が出来ました。男性が亡くなり、奥様からお電話を頂いたのです。レストランでお会いしたのですが、不思議な時間が流れていきました。私達は共に同じ男性を愛してきた言わば敵の様な間柄ですが、お互いにその様な気持ちがなく、奥様は「あなたにお会いしたかった。あなたの様な方で良かった」と何度も仰っておられました。奥様は始めから私の存在を知っておられたそうですが、お二人のご結婚も親が決めたもので、奥様にも当時好きな方がいらっしゃったそうです。ですから、旦那様の恋を奪う気持ちにはなれなかったそうです。そして、男性の形見としてあの人が何時も付けていた時計を下さいました。男性のお傍に行くまでの間、独り思いに耽る為の想い出は山の様にあります。私は愛した男性と一緒にはなれませんでしたが、生涯をかけて愛する事が出来る男性とめぐり合えた事は本当に幸せな事だと思っております。
人生に悔いもありません。

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