~京のたび~ 青竹かがやく嵯峨野路をゆく
2013/9/18暑いの寒いの、そんなさなかの京都でも、その時季ならでは楽しみがあります。
今回の旅は京都の北西部。嵐山や嵯峨野のような自然豊かな地域で、有名な大寺が集中する反対側の東山地区に比べるとひなびた風情が漂うところ。
名刹としては、世界遺産に登録されている天龍寺や、弥勒菩薩で有名な広隆寺、また東映太秦映画村もこの方面にあります。京都駅からはJR嵯峨野線で15分、バスではおよそ30分。この観光コースは点在型で、歩けば少なくとも半日以上はつぶれてしまいますから、ほかの地域との抱き合わせ観光には向いていないでしょう。
ほかの地区でもそうですが、京都の観光では的をしぼることが肝心です。
地図上、近いと思われる場所どうしでも実際は離れており、欲ばって予定をつめ込みすぎると消化できずにイライラする原因になります。今回は、嵯峨野の中でも奥嵯峨だけをめざしました。
◆青竹の小みちをぬけ落柿舎へ
この界隈の観光客はやはり元気な若い人たちが多いでしょうか。なにしろ健脚が基本のエリア。もし疲れたら人力車をつかまえて乗ってはいかがでしょうか。
駅を降り、渡月橋方面には向かわず逆方向へ。にぎやかな天龍寺も今回はパスしてひたすら北をめざします。
まもなく、ガイドブックでお馴染みの青竹のトンネルの入り口が見えてきます。ここから野々宮神社を過ぎるまでの道は清涼感あふれる緑の世界です。葉を渡る風もひんやりして心地が良く、セミの声がかまびすしく響きます。
竹の道が終わっても細い遊歩道は続き、しばらく行くと、やがて田園風景があらわれます。ああこの景色、修学旅行で見たのと同じだな、とひとしきり感慨にふけります。
田んぼの向こうに茅葺の「庵(いおり)」が見え、それが「落柿舎」。歩けば寺社にぶつかる京都の観光にあってここはちょっと異色なのです。
落柿舎は元禄の俳人・向井去来の遺跡です。
名前の由来は、庭にある40本あまりの柿の木の実を都の商人が買うと約束していたのに、収穫の前夜、嵐のために一夜にしてほとんど落ちてしまったところからきているといわれます。観光客がほとんどおらず、縁側に腰掛けて庭を眺めるとそこここに青い柿の実が。
しばらくして、ししおどしのポンと跳ね返る音が響きました。静かなこと・・・・。この庵が建てられたころ、このあたりはうっそうとした林だったことでしょう。人里離れたこの庵で、柿を見ながら去来は何を思っていたことでしょう。
◆化野念仏寺 千塔供養
嵯峨野の奥、ほとんどどんつき近いところにこのお寺はあります。念仏寺に向かう道(愛宕街道)は日本風景街道に選定され、趣ゆたかな場所です。
おりしも夏祭りのころだったので、手作りの灯篭が道端に並び、夜になったらさぞ美しいだろうと胸がおどりました。さて、毎年8月23・24日の地蔵盆には、このお寺で千灯供養が行われます。
西院の河原と呼ばれる境内中央の四角い塀の中の石仏・石塔はおよそ8,000体。
明治時代に化野に散在していた多くの無縁仏を掘り出して集めたものです。伝承によると、このあたりはもともと風葬の地で、811年に空海が五智山如来寺を建立して野ざらしになっていた遺骸を埋葬したのに始まるとされ、のちに法然が念仏道場を開いて念仏寺になったといいます。
夕立のあとの境内は湿り気をおび、このうえないほどの蒸し暑さ。夕方6時になると鐘の音とともに和尚の読経が始まりました。
観衆も手を合わせ共に祈り、それが終わると中に入って石塔のろうそく一本一本に点灯していきます。薄闇にちらちらと光るろうそくの炎は消えていった命の炎の再現です。おびただしい数の石塔を前に、死なない人間はいないという無常さと、越し方行く末を思いながら今ある自分の存在を思い、亡くなった祖父母、父、友人、飼っていた犬の姿が眼に浮かびました。
悲しみが思い出されるというより、みなが確かにそこにいるような懐かしさと不思議な安堵でいっぱいになりました。
ぜひ一度、この行事をご覧になってください。素晴らしいです。
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祇王寺入り口の角の喫茶店。ここの冷し飴(はちみつしょうがドリンクです)とサンドイッチをいただきましたが、すごくおいしかったです!手作り度100%。休憩ならここでどうぞ。<関連する特集記事>
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