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京都の見どころは数え切れないほどあり、お寺だけに限っても大寺(おおでら)四十、小寺(こでら)五百と言われるほど。建築自体が素晴らしい名刹も多数ありますが、私はどちらかというと外から眺める寺社よりも、より具体的な史跡を訪れてできるだけ中にわけいり、その空間でかつて起こった「その時のこと」に思いをはせるのが好きです。

歴史小説の中でも、若い頃から何回も読み返した司馬遼太郎の「燃えよ剣」には思い入れがあります。
今も残る新選組屯所だった壬生(みぶ)・八木邸と、隊士のみならず幕末の志士らゆかりの花街・島原の料亭「角屋」（すみや）を訪ねました。

■新選組　壬生屯所八木邸遺蹟

京都を歩くと、お土産やさんには必ずといってよいほど浅葱（あさぎ）色のだんだらに象徴される新選組のグッズがところ狭しと並んでいます。
どちらかといえば悪名高いのに、新しい時代の幕開けに奔走した数多くの志士らをさしおいて近藤・土方・沖田といえば知らぬ人は少ないのではないでしょうか。
八木邸は新選組が京の拠点とした家です。中京区壬生にあり、阪急もしくは京福電鉄・四条大宮駅の近く、歩いて10分ほどのところにあります。
見学料は千円とほかのお寺に比べるとちょっと高めですが、ガイドさんの話が聞けるうえ、見学後にはお抹茶とお菓子をいただくことができます。

新選組がいた当時の壬生は、のどかな田園地帯で八木家は郷士の長老格でした。
靴をぬいで奥座敷に上がると、その天井の低さに圧迫感を感じるほどです。新選組初期のメンバー芹沢鴨などは身長180cmを超える偉丈夫だったようですから、かなり狭く感じたことでしょう。ただ、八木邸に限らず、当時の民家の天井は刀や槍を振り回せないようにわざと低くしてあるのです。
縁側の向こうのこぢんまりとした庭は当時そのままで、この庭の隅で隊士たちが剣の稽古をしたり、不安な世情の中にも空を見ながら若者らしく夢を語ったりしていたのではないかと想像がふくらみます。
ガイドさんはボランティアの方だと思いますが、もちろん要領を得ているうえ話ぶりが上手で、私たちを幕末の八木邸にいざないます。

この奥座敷は、隊内の粛清で芹沢鴨が沖田らに斬殺された現場でもあります。料亭角屋でしたたかに痛飲した芹沢は、帰宅後寝間を襲われ、愛人お梅は即死。負傷しながらもかろうじて隣の部屋に逃げ込んだものの足元の文机に蹴つまづいて転倒したところにとどめを刺されたのです。
ガイドさんについて隣室に移動した私たちは、その小ぶりな文机と、鴨居に残る刀跡を実際に目にしました。
八木家の内儀さんは、闇夜の惨劇の中でもその黒い影で芹沢を襲った三人が誰であるかが瞬時にわかったと言います。
すばらしい建築物でもなく、仏像や装飾品もない町なかの古い民家ですが、確かにそこには歴史の瞬間が刻まれています。
あれこれと思いをめぐらしながら、見学後のお抹茶と屯所餅をひときわ美味しくいただきました。

京都花街のおもかげ・島原の角屋

前述、八木邸の見学後にお餅を頬ばっていると、ガイドさんに角屋さんをすすめられたので行ってみることにしました。個人ならではの行き当たりばったりの旅行もなかなか楽しいものです。

京のまちは碁盤の目ですから、わかりやすく歩きやすいのも助かります。角屋は八木邸から歩いて15分ほど。
歴史上最大の歓楽街といえば江戸の吉原ですが、戦争で全て焼失してしまいました。吉原も島原もどちらも歓楽街ですが、吉原が「遊郭」であるのにここ島原は「花街」です。吉原がいわゆる「風俗」営業であったのに対し、島原は「水商売」です。名だたる人物が角屋を訪れましたが、国もとからお母さんを呼んで案内した、ということも多々あったことを考えるとわかりやすいでしょう。吉原はお母さんと一緒には行けませんからね。
角屋のしつらえは豪奢というより粋です。網代の間の細やかで洗練されたモチーフは素晴らしく、松の間から望む臥竜松はみごとなものです。

1863年9月18日。暗殺を企てる近藤や土方らの腹のうちも知らず、芹沢鴨は松を愛でながら今生の酒宴に酔いました。数時間後に待っているおのれの死も知らずに。

同じように松を見ている自分の身の先々とてわかりませんが、旅の一瞬に酔った気分になりました。

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